【ALL REVIEW】Pale Saints全作品レビュー

UK

私のフェイバリット・シューゲイズ・バンド、Pale Saints。
思いのたけをつづるべく、全作品レビューをやってみようと思います。
Ian Mastersのソロ活動まで紹介する欲張りセットな内容ですが、最後まで読んでいただけると幸いでございます。

目次

Pale Saintsバイオグラフィ

Wikipediaより

Pale Saintsは1987年にイングランド・リーズで結成されたシューゲイズ・バンド。
ベースヴォーカルのIan Mastersがレコード屋に出したメン募に、もともと幼馴染で一緒にバンドをやっていたギタリストのGraeme Naysmith、ドラマーのChris Cooperの2人が一緒に応募してきて結成に至りました。
彼らはCocteau TwinsやLushを擁する4ADレーベルの所属となり、My Bloody Valentine(以下MBV)やRideといったウォール・オブ・ディストーションなCreation Recordsのシューゲイズバンドとは一線を画す、アーティスティックな創作意欲が支配するドリーミーかつオルタナティブな音世界を構築していました。
いっぽうで、1stアルバムリリース後には女性ギターボーカルのMeriel Barhamが加入、3rdアルバム制作の前にIan Mastersが脱退し女性ベーシストのColleen Browneが加入するなど、途中でメインのメンバーが入れ変わる安定しないキャリアも特徴で、良くも悪くも作品ごとに趣が異なっていたりします。

それでは、そんなPale Saintsの作品群を、アルバムからシングルに至るまで、1作品ずつ解説していきたいと思います。

1st Alubm『The Comforts Of Madness』(1990)

シューゲファンにはおなじみの猫ジャケ、日本では当時、邦題『狂気のやすらぎ』としてリリースされたPale Saintsの代表作であるデビュー盤。(以下、邦題の情報は全てリリース当時の日本コロムビア版より)
このアルバムでのメンバーは、Ian Masters、Graeme Naysmith、Chris Cooperのスリーピース編成。ライブではThe Edsel Auctioneer(Dinasour Jr.的なサウンドを志向していたバンドでChrisも参加)のAshley Hornerをサポートギタリストに加えた編成で活動していました。

このアルバムはシューゲイズの名盤として語り継がれている一方で、サウンド的には直球シューゲイザーとは少し異なっているのが特徴。Ian Mastersの「少年聖歌隊(choirboy)」と称される甘美な歌声に、Greameの金属質でザラついたノイズ・ギターと、Chrisの鞭打つような冷たいドラムが、溶け合わずに挑みかかるようなサウンドスタイルとなっており、全体的な印象としてはポストパンクを始めとした80’sのエクスペリメンタル、ノイズロック的な要素を多分に感じさせます。

そして同時にこのサウンドスタイルは、アルバム全体のテーマ性を表現する舞台装置としても機能しています。

アルバムではタイトルでも表明されているように「Comforts(やすらぎ)」と「Madness(狂気)」、この相反する両極性が随所に配置されているんですが、これが非常に技巧的で、そして革新的。たとえば「優しく陶酔感のあるバラード」と「攻撃的で緊張感あふれる楽曲」、「ポップなメロディ」と「刺々しく不気味なノイズ」、「甘美なヴォーカル」が歌う「不穏で猟奇的な歌詞」などなど。我々リスナーは聴いている間ずっとこの両極のギャップを行ったり来たりさせられるんですが、この体験は「飴と鞭」的というか、ジリジリとした緊張感・焦燥感を煽る「じらしプレイ」のようで、どこか背徳的な快感を孕んでおり、ハマると依存症的に何度も何度も聴いてしまう効能を持っています。
ほぼ全曲がSEによって繋がっていて切れ目が無く、しかもアルバムのラストの曲と冒頭のイントロが少しリンクするような、迷宮の様な演出が施されているのも含め、デビューアルバムとは思えないくらい練り込まれた内容です。

ちなみに私はこのアルバムが好きすぎて、4AD盤、日本コロムビア国内盤、リマスター盤と謎にたくさん持ってるんですが、新規に購入しようという方はリマスター盤一択だと思います。というのも、当時の音源はマスターボリュームが小さすぎて、今のオーディオ環境だと満足なボリュームが出せないためです。やっぱりシューゲは大音量で聴かなきゃ良さがわからんので。

さて、ちょっと長くなりますが、お気に入りの曲をいくつかピックアップします。


破滅的なロマンを感じる「You Tear The World In Two」。
コーラス(サビ)の途中でドラムが止まったり一瞬だけ2/4拍でフェイクが入ったりする、こういった曲作りの小技を効かせてフックを作る手法はあまりシューゲイズ的ではなく、作曲においてオルタナティブ性が感じられる部分です。
歌詞もなかなかディープで、世界を真っ二つに引き裂いて 半分を選ぶ でも君の内側を見て 自分が何であるか君は知ってると極めて内省的な出だしで始まり、締めは、僕は君を破壊するこういう感じが最高過ぎるんですよね、Pale Saints。
純白で無垢な美声でこの歌詞を歌うギャップがたまりません。


「Insubstantial(邦題:超現実)」。
Ianの美声とメロディアスな和音ベース、Greameのキラキラしたアルペジオから狂気的なノイズへと豹変するギターワーク、鋭角的なChrisのドラム。とてもPale Saintsらしい曲です。
Pale Saintsはベースヴォーカルというシューゲイズバンドの中だとユニークな編成ですが、Ianはヴォーカルだけでなくベースプレイもなかなか独特。この当時ベースをギターのようにコード引きする奏法がよく見られますが、それを発展させてツインギターのようにメロディアスなフレーズを弾きまくってます。
コーラスのギターは、トレモロパンがシュワシュワしていてイイ感じのシューゲイズ・ノイズです。


「Sight of You」はPale Saintsの代表曲ですが、一聴するとラブソングっぽいアルバム終盤のミドルテンポの楽曲という感じで、そこまで面白くない感じがします。
しかし、歌詞はそれを逆手に取るような形で、彼のことを考える 真っ赤に染まった彼のことを 彼が死んでくれたらいいのにという、さわやかなラブソングの体をとりながら突然ダークな嫉妬の殺意をさらけ出すという、強烈な二面性がシビれます。
なお上記のMVはリマスター版がリリースされた2020年に発表されものですが、Ianも当然のごとくだいぶオジサンに。昔はマッシュルームカットであんなにかわいかったのに。

他にも、ラストで素晴らしいフィナーレを飾る「Time Thief」とか好きな曲ばっかりなアルバムなんですが、まだ先があるのでこれくらいにしておきます。

この超名盤デビューアルバムで、Pale Saintsはメディアから大絶賛され、一躍シーンの最前線に躍り出ました。

Compilation Album『Mrs. Dolfine』(1991)

1stアルバムリリース後の来日記念で編集された、シングル曲・未発表曲などを収録した日本独自コンピレーション盤。
私はこの中に収められている、1stアルバムリリース後に発表したシングル『Half-Life』の4曲がとても好きで、実を言うと私が初めて手にしたPale Saintsの初めての音源でもあり、非常に思い入れが深い作品です。

私がシューゲイズにハマり始めた00年くらいのときはちょうどシューゲイズがいちばん忘れ去られていたときで、MBVとRide以外のシューゲイズバンドのアルバムは基本的にすべて廃盤。都心の中古CD屋を血眼になってディグする毎日で初めて発見したPale Saintsの音源が『Half-Life』のシングルでした。


特にこのシングル表題曲「Half-Life, Remembered」は、沈み込んでいくようなダウナーな没入感がある官能的な楽曲で、そんなにギターもうるさくないんですが、この病的な陶酔感と浮遊感、そして美し過ぎるメロディとアンサンブルに、大学に馴染めず病んでいた当時の私はとても惹きつけられるものがありました。(しかしMVは相変わらずグロい)


一転こちらの「Babymaker」は、Pale Saintsの中ではもっともシューゲイザーらしい楽曲といってもよく、静の耽美→動の暴力性というメリハリ、シュワシュワしたディストーションギターのシャワーなど、自分の中で理想のシューゲイズサウンドとなっています。

『Halr-Life』シングルジャケット

ちなみにこのシングルの楽曲は1stとはちょっとサウンドのニュアンスが変わっていますが、これはこの作品から制作に参加していた(次のシングルから正式加入)女性ギタリスト、Meriel Barhamの影響と思われます。1stにはなかったギターのアンサンブルや音圧に、ただでさえ美しいIanのヴォーカルに繊細な女性コーラスまで加わったことで、甘美なポップさとダークな破壊力がさらに研ぎ澄まされているように感じます。


そのほかの収録曲、初期のシングル「She rides the waves」や「Colours and shapes」は彼らのオリジンを確認できる内容で、初期Primal Screamなどの80’s後期ギターポップ的なソングライティングや、C86あたりのノイジーなサウンドメイキングが印象的です。

なおこのアルバムの最後「The Colour of the Sky」は元々『Half-Life』のVinyl版ボーナストラックだった曲ですが、極めて不穏かつ狂気的なポエトリーリーディングの曲で、最後には日本民謡「さくらさくら」の音色が流れるのですが、こんなに不気味な「さくらさくら」は聴いたことないというほど、その狂い咲く耽美センスにはゾクゾクするものがあります。

1st『The Comforts of Madness』にハマった人なら、聴いておいて損はない傑作コンピです。

3rd Single『Flesh Balloon』(1991)

2ndアルバムに先駆けてのシングル。
ここで前シングル『Half-Life』から制作に参加していた、元Lushの女性ギターヴォーカルMeriel Barhamが正式に加入します。


このシングルではアルバム『In Ribbons』収録曲の、ゴシックなナイトメア感に包まれる大曲「Hunted」や呪術的なギターアンビエント「Hair Shoes」(アルバムとは別Ver)ほか、Merielがメインヴォーカルを取るNancy Sinatraのカバー曲「Kinky Love」、シュールなムードが漂うインスト曲「Porpoise」を披露しています。


「Kinky Love」はシングルの3曲目にしてカバー曲、さらに新加入のMerielがメインヴォーカルを取るイレギュラーな曲にも関わらず、なぜか唯一MVが作られています。
ドリームポップが流行っている昨今では、このドリーミーなギターポップアレンジの「Kinky Love」は評価が高そうですが、どうも当時はこの音楽性の変化に賛否があった模様です。
男女のツインヴォーカルはシューゲではありがちなんですが、Pale Saintsの場合はもともとIan Mastersのヴォーカルが非常に魅力的だったこともあるし、Merielメインの曲が今までと違うポップなサウンドになっているのもあって、違和感を持った人も少なくなかったようです。
自分の場合は、後追いで時系列バラバラに聴いていたのもあり、曲のヴァリエーションが増えて魅力的だなぁ、と割と好意的に受けて止めております。1stの路線はあれで完成していて、発展させるのも難しかったんじゃないかなとも思いますし。

2nd Album『In Ribbons』(1992)

Meriel加えて4人体制となって制作された2ndアルバム。植物の漬物を引き裂いたような謎の物体が不気味ですが、それはさておき、プロデューサーには80年代にネオサイケ・ポストパンク系のバンドを録っていたベテランのHugh Jonesを起用するなど、満を持した体制でのリリースです。
1stの名声に隠れがちですが、このアルバムも前作同様非常に完成度の高い仕上がりで、シューゲイズ史に残る名盤だと思います。

いろいろと実験的だった前作から一転、今作では、ポップでヴァラエティに富んだ楽曲群が、映画的なドラマ性を帯びた並びに配置されていて、掴みの序盤、ダークでディープな中盤、暗闇の底から抜け出していくような終盤と、ロックアルバムとして堂々たる王道のつくりに。
サウンドも、ツインギター・ツインヴォーカルとしての一体感や、音空間の深みや広がりが高まって、包容力のある正統派なギターバンドのサウンドに仕上がっており、同レーベルのCocteau TwinsやLushを思わせるゴシック&ドリーミーなものから、彼ら独特のシュールで想像力を掻き立てるものまで、描かれる美しくも退廃的な心象風景は、陶酔感や没入感もたっぷり。シューゲ、ドリームポップ好きにはたまらん内容です。

では、いくつかお気に入りの曲で解説を。


まず開幕曲の「Throwing Back The Apple」。
Merielの加入でこういったジャングリーなギターアレンジが増えて、一聴するとやや平板な印象を受けるのですが、よく聴くとポップでシンプルなサウンドの裏に、4/4拍と2/4拍、さらに4/5拍と自由に拍を刻むアグレッシブな構成を組み合わせ、小気味よいフックを生み出しています。IanとMerielのヴォーカルの絡みも美しく、新体制をアピールするのにふさわしい最高の開幕曲となっています。


2曲目「Ordial(邦題:きびしい試練)」ではさらに攻めていて、4/5の変拍子のうえにポリリズムをおっかぶせてリスナーに拍を見失わせるようなイタズラなアレンジが出てきたり、Greameのノイズギターがヘビのようにのたうち回りながら火花を散らすなど、アヴァンギャルドでマニアックなサウンドが展開されています。めちゃくちゃカッコイイ。


今度はMerielの優美なVoがメインに据えられた新機軸の楽曲「Thread of Light(邦題:一条の光)」。
コーラスエフェクターの音色が艶っぽい、耽美的なドリームポップと言った趣で、曲後半のたれ込める暗雲の隙間から差し込む“一条の光”のような、「不穏のディストーション」と「至福のアルペジオとコーラス」が交互に訪れるアレンジが陶酔感抜群でたまらないです。

このあたりから徐々に引き込まれていくような展開が続き、アルバム中盤では、前奏的な「There Is No Day(邦題:光ある日まで)」から、先行シングル収録のダーク&ダウナーな「Hunted」「Hair Shoes」あたりまで、アルバムタイトル“In Ribbons(ボロボロ)”を思わせる、悲痛な喪失感を描いた歌詞を伴ってディープな核を形成しています。
いっぽう終盤にかけては、シングル版よりややヘヴィにリメイクされた「Babymaker」や、Merielメインのドリームポップな「Liquid」「Featherframe」が良い感じでダークな成分を中和しており、深層心理の闇から浮上していくように、クライマックスに向かっていきます。


そして最後の「A Thousand Stars Burst Open(邦題:星々の爆裂)」で、この世の苦しみを受け入れて宇宙の光に包まれていくような感動的なフィナーレを迎えます。
祝福的なストリングスとヴォーカル、そこに閃光のようにほとばしるギターノイズ。
壮大な心の旅に、重々しくも美しい幕引き。素晴らしいです。

といった感じで、私はこのアルバムかなり好きなんですが……一方で『Flesh Balloon』でも書いたように、Meriel加入による音楽性の変化には賛否があり、現在でもその評価は1stの陰に隠れている形となっています。
確かに、1stのあの危ういバランスで成り立つエッジの立ったサウンドや、革新的な表現性などは、未だに似たようなサウンドが見つけられないほど唯一無二のもの。故に仕方ないのかなぁという部分もありつつも、それだけで見過ごされてしまうにはあまりにももったいない名作だと思います。
皆さんはいかがでしょうか?

余談ですが、当時の日本盤(92年の日本コロムビア版)の歌詞カードがなかなか面白くて、

お願い:しばしば僕たちの歌詞は意味をなさないもの、あるいはその意味は隠されています。だから、これらの歌詞をすべて理解しようとしないで下さい。曲を聴く時は歌詞を読まないようにして下さい
というバンドからのメッセージと共に訳詞を邪魔した:Ian Masters
との表記が……w
海外のバンドは歌詞をブックレットに載せないし、翻訳も拒否することがあるのでそうすれば良いのに、わざわざ和訳まで提供しておいて読むな、理解するなと但し書きするこの素直じゃない感じ。……大好きです。
まあ、そもそも歌詞って「意味(理解)」的な部分ばかりクローズアップされがちですけど、曲に合わせたイメージの呼び水であったり、単に音としての快楽性であったりという、意味以外の部分にも価値があるので、そういった歌詞への偏った見方に対する意思表示でもあるのかなとも思ったり。
あとこの日本盤は「Hunted」と「Hair Shoes」の間にボーナストラック「Blue Flower」(後続シングル収録)が入っていて、両方ともダークで緊張感ある曲のため、幕間の曲的に「Blue Flower」が入ってる流れは結構よかったんですよね。Hostessから再版された日本盤では輸入盤と同内容になっちゃったので、今では歌詞カードと合わせてけっこう貴重な品となっております。

4th Single『Throwing Back The Apple』

2ndアルバム『In Ribbons』の開幕曲「Throwing Back The Apple」をフィーチャーした4曲入りシングル。
表題曲以外の3曲は新録・新曲となっていて、新録の曲では、Meriel加入前のシングル曲「Half-life Remembered」がリメイクされています(Hugh JonesプロデュースなのでIn Ribbonsのセッションで録音されたもの。タイトルは微妙にカンマが無くなって変わってます)。
が、これは個人的には、オリジナルの録音のほうが好みですね。
確かにリメイク版のほうがスケール感が増していてクオリティは高いんですが、何度も聴きたくなる音じゃないんですよね。どっしりし過ぎというか。ややテンポも遅い。


このシングルの白眉はSlapp Happyのカバー曲となる「Blue Flower」。この曲はMazzy Starもカバーしていて、ドリームポップのスタンダードナンバーみたいになってます。ポップなメロディと間奏のギターノイズという分かりやすい構成のためか、「Kinky Love」同様MVが作られています。


「Reflections from a Watery World」は後述するIanのソロ作品にも通ずる、チープなシンセサウンドがメインのインスト曲で、実質Ianが在籍したPale Saints最後の楽曲となりました。どこかスーファミ時代のファイナルファンタジーを彷彿とさせる幻想的な曲で、結構好きです。

さて、音楽性の変化で賛否両論はあったものの、非常に完成度の高い2ndアルバムを作り上げ、The Boo RadleysやLush、Rideなどがブリットポップ方面へ軸足を移していく中、Pale Saintsも次の展開が期待されますが、ここで大きな転機を迎えます。
実際の経緯は不明ですが、ツアーへの熱意が持てなかった(wikipedia参照)とか、より自由な表現活動をするため(allmusicやSpoonfed Hybrid日本盤のライナーノーツ参照)とかいろいろな理由が挙げられつつ、音楽的な中心人物だったIan Mastersが脱退してしまいます。
作曲クレジットは「Pale Saints」となってはいるものの、ソングライティングは基本的にIan Mastersが担っていたと思われるので、普通なら解散しそうなものですが、ここで残されたメンバーはバンドの継続を選択。
間を開けず3rdアルバムへと展開していきます。

5th Single『Fine Friend』

3rdアルバムに先駆けてのシングルです。
Ian Mastersが抜けた新体制は、MerielをメインVoに据え、ベースにはThe Parachute Men、Heart Throbsなどのバンドで活躍した女性ベーシストColleen Browneが加入。
女性ヴォーカルのバンドへとガラッと体制が変わったので、ここからは実質別バンドとして聴いたほうが良いかもしれません。
バンドとしても心機一転の想いがあったのか、バンド名表記が小文字から大文字表記の“PALE SAINTS”になっています。

ただ、このシングルに関しては、わりと今までのPale Saintsとして聴いても、なかなか良い内容だと思います。


このシングルでは、Mazzy Starなど、アメリカのネオサイケ/ドリームポップなどへの接近が感じ取れます。1stでOpal(Mazzy Starの前身バンド)の「Fell From The Sun」をカバーしているので納得の方向性。表題曲「Fine Friend」は、トレモロがかかったまろやかなアルペジオとアコースティックギターの響きがまったりとしていて、癒し系の美しい楽曲に仕上がってます。
ちなみにこの曲、純粋なオリジナル曲ではなく、Persian Rugsというバンドが80年代初期にリリースした「Poison in the Airwaves」という曲の歌詞を変えたカバー曲のようです。
相変わらずカバーの選曲がマニアックですが、ポップなアレンジに仕上げているのはさすがですね。


2曲目「Special Present」はちょっとだけ1stを思わせる、ささくれ立ったハードなギターとMerielの子守歌のようなヴォーカルの組み合わせが面白い、起伏に富んだプログレッシブな楽曲です。今聴くとちょっと初期のスマパンっぽくもあるような。
3曲目「Marimba」も白昼夢の瞑想的な世界が続くドリーミーな楽曲で、すごく気持ちいい。
このシングルだけだとアルバムはわりと期待できそうなんですが……

3rd Album『Slow Buildings』(1994)

Pale Saintsのラストアルバム。プロデュースは前作に引き続きHugh Jonesを起用。メインのソングライターが脱退し、バンドの音楽性やサウンドを構築し直す必要があったのにも関わらず、前作から2年でブランクなくリリースしているのはなかなか凄い。
ただ残念ながらこのアルバムは、もはやトレンドがブリットポップに変わっていた1994年にリリースされていて、他のシューゲイズバンドもブリットポップ、アンビエントテクノなど別のスタイルへ移行していた苦しい時代という点を考慮しても、正直イマイチな内容でした。


アルバム冒頭を飾る「Angel (Will You Be My)」は、ブリットポップブームに合わせたかのような軽快なギターポップ。
ただ、女性Voのギターポップバンドには割とありがちな曲調で、特に個性的に感じる要素がなく、ややインパクト不足でしょうか。


一方、Mazzy Starっぽい乾いたフォーク調の曲「One Blue Hill」は、Mercury Revのようなフルートの音も入って、当時のUSネオサイケ勢を感じさせる興味深い仕上がりに。シングル『Fine Friend』から期待したようなサウンドでもあり、これはけっこう好きです。


しかしその流れも1曲で終わり、それ以降の「Henry」や「Song Of Solomon」では一転、Cocteau TwinsのようなミステリアスなMerielのヴォーカルに、後のMogwaiを思わせるメタリックな轟音ノイズが塗りたくられるハードでダークな楽曲が披露されていきます。
ポストロックが流行る前にこれをやっていたのは、なかなか先進的で面白いなと思うものの、正直途中で飽きるというか、単調さや冗長さを感じてしまうのが玉に瑕です。非常に惜しい。

なおこの単調さや冗長さというのは、この曲に限らずアルバム全体で感じるのですが、おそらくこれは、メロディやコード進行が地味な点に原因があるのではないかと思われます。
シングル「Fine Friend」だけがこのアルバムの中だとメロディアスで良いのですが、前述したとおりこの曲はカバー曲なので、カバー曲だけ立って聴こえてしまうというのもまた、このアルバムのメロディ不足を証明する結果になっています。
アレンジや楽曲構成では確かにいろいろ工夫していて、「おっ」と思う瞬間もあるのですが、やっぱりメロディや歌の部分が地味なため長尺であればあるほど間が持たず、かといってサウンドだけを切り取って楽しめるほど刺激的でも個性的でも無く。
総評としては、メロディメイカーが不在の地味なギターロックアルバム、という感じで、独特のソングライティングが光っていたIan Mastersの不在を強く感じさせる結果となってしまいました。

時すでにblurの『Parklife』がチャートを席巻していたブリットポップ時代。
当時もこの作品に対する反響は薄かったものと思われ、このあとバンドはTom Waitsのカバー曲「Jersey Girl」などをトリビュート盤に提供しつつ、1995年にはMerielが脱退し、その後は自然解散という形で活動にピリオドを打ちました。

以上、Pale Saintsのレビューはここまでです。

ちなみに脱退したIan Mastersはその後どうなったかというと、実はPale Saints以上に、いろいろとソロで活動しているんですよね。
Pale Saintsが好きな人は、彼らの3枚目よりもIanのソロ作品のほうが惹かれると思いますので、ここからはIanのソロ活動をゴッソリと紹介していきたいと思います。

Ian Mastersソロ活動(1993~2023)

Spoonfed Hybrid / Spoonfed Hybrid(1993)

Ian MastersがPale Saints脱退後まもなくA.C.TempleのChros Troutと組んだユニットの作品。
Pale Saintsの3rdより先にリリースされました。
Spoonfed Hybridの音楽性はざっくり言うとエクスペリメンタル・ポップという感じで、シュールな心象風景を描くIanの表現性に特化したものとなっています。サウンドはPale Saints時代にもあった、シンセのプリセット音源(のように聴こえますが違っていたらスミマセン)を多用した宅録チックなもので、シューゲイズ要素はあまりありません。しかし、美しいメロディと奇妙なサウンドに満ちた幻想的な音世界はまさにPale Saintsが3rdで失ってしまったもので、今作ではそれを濃厚に楽しむことが出来ます。


ニューウェイブなムードを感じる「Heaven’s Knot」は、ポップにして甘美なメロディがいかにもIan Masters節といったところですが、それ以降はなかなか独特の世界観が繰り広げられています。


複数のギターサウンドをパッチワークのようにカット&ペーストしたアレンジがめちゃくちゃ実験的な「Naturally Occurring Anchors(邦題:人生の澱)」。


ただただメロディが美しい「Stolen Clothes」。
この曲なんかはそのままPale Saintsのアルバムにも入ってそうな曲ですよね。

リズムが控えめな曲が多いのは後に続く一連のソロ作品に共通するところですが、Ianの歌をじっくり堪能したい人にとっては良い方向性です。

ちなみにですが、いわゆる“実験的”と言われる音楽には、トレンドを先取りしたり、もしくはトレンドの改変を試みる野心的な実験と、ひたすらトレンドを無視した内向きの実験志向と2つ種類があると思っているのですが、Spoonfed Hybridは後者の印象です。
この時代といえば、ブリットポップ、グランジ、クラブミュージックなどが音楽シーンを賑わせていましたが、「Tiny Planes」でスクラッチサウンドが聴こえたりはするものの、基本的に時代のあらゆるものとリンクしていない閉じた世界が作られている感じ。
インディーシーンの中心で喧騒にもまれたPale Saintsを脱退した後の意思表示というか、ミュージック・ビジネスとは距離を置き、自分自身のオリジンをひたすら突き詰めんとするアート的志向を強く感じます。

なお1996年にも『Hibernation Shock』というミニアルバムをリリースしているのですが、そちらは入手困難で聴けておらず。そもそもこの紹介した1stアルバムも今ではけっこうプレミアがついてるみたいです。

ESP Summer / Mars In A Ten(1995、2023リマスター版リリース)

4ADのレーベルメイトだったHis Name Is AliveのWarren Defeverと組んだユニットで、趣味的な活動なのか、Ianの当時のミュージック・ビジネスへのアンチテーゼなのか、昔からほとんど流通しておらず、長らく入手困難となっていました(オリジナル盤とはアートワークが異なっています)。
しかしなんと、2023年、ついにリマスターされてデジタル音源にて購入可能になりました。やったぜ。


このアルバムは今までレア盤だったのがもったいないくらい良い出来です。
Ianの美声と甘くメランコリックなメロディがたっぷり堪能できます。
サウンドは、Spoonfed Hybridとは異なり非常にシンプルで、ベッドルームフォークやサッドコア/スロウコアにも近いSSWの作品といった趣。ドラムをはじめとしたリズムもほとんど入ってません。しかし、サウンドプロダクションにかき消されがちだったIanのヴォーカルの良さを歴代最も楽しめる内容で、非常に秀逸な作品。
なお2020年にも同名義で4曲入りのシングルをリリースしています。

His Name Is Alive / Stars on ESP(1996)

アメリカのエクスペリメンタルポップバンドHis Name Is Aliveは、Warren Defeverを中心としたベッドルーム(宅録)プロダクションで活動するバンドですが、アルバムによってゲストミュージシャンを交えるのが恒例となっており、この作品の制作にIan Mastersが参加してします。前述のESP Summerのように歌ってはいないものの、作曲のクレジットに連なっているので、おそらくソングライティングで参加しているのではないかと思うのですが、どの曲に、どのように絡んでいるのかは不明(アルバムのブックレットに詳細な情報が無いので)。Allmusicでのクレジットだと「The Bees」という曲でなんかしら参加している模様ですが、他の曲でも時おりPale Saintsっぽいメロディラインを感じられる瞬間があったりして、実際のところどうなのか、興味がそそられます。
それはさておき、このアルバムは彼らの作品の中でもドリーミーでスペーシーな要素が強く、独特の浮遊感が楽しめるのでオススメです。
ちなみにIanの他にも、レーベルメイトのRed House PaintersのMark Kozelekも制作クレジットに連なっています。

Friendly Science Orchestra / Miniature Album(1998)

実質的なIan Mastersのソロユニット。
確か当時はVinylのみのリリースで、私は購入したもののレコードプレーヤーが無いために聴けておりませんでした。
しかし2021年にBandcampにてデジタル音源が購入可能になり、私もようやく全曲聴けるようになりました。
「ミニチュア・アルバム」の名前の通り、1分前後の曲が12曲並んだ極私的な実験音源集といった趣で、とてもユニークな作品です。

1曲目は有名なポピュラー歌手Andy Williamsが歌った日本の味の素のCMソング「すてきなそらを」(小林亜星作曲)のカバー「Sutekina Sora O」。Pale Saints以上にぶっ飛んだカバーセンスに驚きますが、一方でIan Mastersのポップなメロディのベースになっているのがこういった60~70年代のポップスで、昔のrockin’onのインタビューでBurt Bacharachの影響を公言していましたが、このカバーからも彼のオリジンを感じさせるものがあります。というのも、かなりIanの声に合ってるんですよね。美しいコーラスワークは、制作クレジットに名を連ねているLuminous Orangeの竹内理恵でしょうか。ちなみに原曲もYouTubeで発見しました
他はヴォーカル曲はほぼなく、謎のSEやノイズ、エレクトロニカ風の楽曲、などなどちょっと不気味なのは相変わらずだけど自由奔放にアイデアがほとばしる、なかなか面白い内容になっています。

Friendly Science Orchestra / Because of you(2000)


そしてこのFriendly Science Orchestra名義の傑作はこちら、Tim Bucklyの「Because Of You」の美しすぎるカバーです。
琴のような弦楽器や不可解なノイズエフェクトなど、これまた非常にマニアックな音作りですが、Ianの美声と奇妙な音世界が心行くまで堪能できます。
この曲は『Sing a Song for You: Tribute to Tim Buckley』というTim Buckleyのトリビュート盤に提供された作品なんですが、他のミュージシャンの作品も秀逸なカバーが多いため、オススメです。Cocteau TwinsのSimon Raymondeや、Mojave3とNeil Halsted、MooseやLilysなど、シューゲ、ドリームポップ界隈からの参加が多いのも良き。Dot AllisonやTramもいます。

Wingdisk / Time is Running Out(2003)

The Montgolfier BrothersのMark Tranmerと組んだユニット。
日本でサンプリングされたと思しき環境音をベースに、アヴァンフォークとエレクトロニカを足したような、これまた非常にエクスペリメンタルなサウンドが展開されています。
さらに「Kumo Tamago」などではオリジナルの日本語詞も登場。

Wikiの情報によると2005年から大阪に移住したとされているIan Masters。
しかしこの音源を聴くに、どうもそれ以前から大阪に来ていたようですね。
Luminous Orangeとの交流やツアーでの来日で日本に縁があったのか、このあとから現在に至るまでずっと大阪で音楽活動しているようです。
雰囲気たっぷりの美メロと美声が堪能できる「Departure Lounge」などはさすがのひとこと。
さらに15年のブランクを経て、同名義で2018年に「The Message in Mint」という新曲もリリースしています。
こちらは打って変わって、ドリーミーで甘美なポップソングとなっています。

Luminous Orange / Silver Kiss(2007)


ジャパニーズ・シューゲイズの草分け的存在であるLuminous Orangeですが、Pale Saintsから多大な影響を受けていることでも有名です。竹内理恵とIan Mastersの交流もあって、ルミナスの過去作「Puppy Dog Mail」では電話の声での客演もありましたが、2007年リリースのアルバム『Sakura Whirl』収録の「Shilver Kiss」ではガッツリコラボ。竹内理恵のフローラルなメロディ&サウンドプロダクションに、Ianの甘美なヴォーカルと作詞が合わさり、極上のビューティフル・ギターポップが完成しています。どちらのファンでもある私からするとまさに夢のようなコラボ。たまらん。

Dive Index / Hoko-Onchi(2008)


LAのエレクトロミュージシャンDive Indexとのコラボ作品。アルバム『Mid/Air』にも収録されています。
“Osaka My city”という歌いだしが良い……!

Waves on Canvas / Starfish(2012)


イタリアの作曲家Stefano Guzzettiのエレクトロニカ・IDMユニットWaves on Canvasとのコラボ作品。アルバム『Into the Northsea』に収められています。エレクトロニカにフォーク要素とシューゲイズ要素を合わせたモダンなシューゲイズで、今までありそうでなかった路線でちょっとびっくり。甘く爽やかなメロディとサウンドに、当然のごとくIanの声が凄いフィットしていて、最高にドリーミーな楽曲に仕上がっています。

Big Beautiful Bluebottle / Dr Shoemaker’s Last Wish(2016)


ここ最近は寺子テラオという日本のミュージシャンとのコラボが多いですが、このBig Beautiful Bluebottleという名義ではしっかり2人でユニットを組み、即興実験音楽のような活動を展開しています。
ヴォーカリストとしての活動も多い一方で、Pale Saints時代からある不穏でミステリアスなサウンドもIanの音楽の特徴ですね。

Isolated Gate / Universe in Reverse(2023)


現時点でのIan Masters関連最新作がこちら。ガッツリ1枚アルバム作るのは久しぶりではないでしょうか。
オーストラリアの作曲家Tim Kochとのユニットです。
最近は前衛的な即興音楽をやっているIanに、IDMな楽曲を作っているTim Kochの組み合わせ、いったいどうなるのかと思いきや、これが意外にも非常に聴きやすいドリーミーなエレクトロ・ポップになっておりビックリ。IDMらしいシャキッとシャープな音色に、オーロラの様にゆらめくIanのヴォーカルが、非常に耳に心地よい。お互いにこのユニットで新しい音楽を生み出そうという気概にあふれているのか、音楽活動30年超のベテランが作ったとは思えないフレッシュな仕上がりになっています。

美メロあり、中盤ではサイケデリックな楽曲もあり、我々のようなシューゲオタクが期待する陶酔感・浮遊感も抜群で、秀逸なアルバムだと思います。
いやあ、まだまだ衰えませんね。超リスペクト。

Ian Mastersソロ活動その他

Ian Mastersのソロ活動に関しては、他にもOneironautとかPail SaintとかI’m soreとかSore & Stealとかフォローしきれないくらい様々な名義での活動があるんですが、自分が聴けているのは今のところはこんな感じです。ホームページでは全作品が一覧で確認できるようです。(今はリニューアルしたみたいですが、昔は、訪れるとやや気味の悪いグラフィックと共に「インスティトゥートオブスプーン!!」みたいな怪しげな男性のボイスが突然流れるアングラサイト風だったんですよね。あれ、好きだったなぁ……)

普通ソロ活動というと、特定のユニットで継続的に活動したり、たった一人で音楽を作りこんだりという方向性が一般的だと思いますが、様々なミュージシャンとのコラボレーションがメインのソロ活動というのが非常にユニークですよね。もはや音楽性のみならず、ミュージシャンとしての活動の在り方そのものが実験的です。

ちなみに今回ここに挙げた作品のほとんどは、つい最近までまったく聴くことが出来ませんでした。
これもYouTube、Bandcamp、Spotifyが普及したおかげです。

スポットライトの当たる場所でビジネスを生む音楽活動もあれば、ローカルかつアングラな場所でひたすら己の表現を突き詰める活動もあり。
今ではそれがインターネットを通じて、その気さえあれば、同じ土俵で世界のどこにいても楽しめるというのは、リスナーとしてもアーティストととしても良い環境だなぁと思います。

さて、かなりのボリュームの記事になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
今後もアルバムレビューに交えて企画記事を出していきたいと思います。

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